ミラクルデンチャーについて

私は入れ歯歴15年の65才です。

今迄何種類かの入れ歯を使用してきましたが、今年の2月の初めに柳沢先生の薦めもあってミラクルデンチャー(ミラクルフィット)と云う入れ歯を作って戴く事になりました。
最初、私の気持としては、それ程今までと変わるはずないと思っていましたが、完成してビックリしたのが、これまでは、お餅類や堅いものが苦手で、なるべく避けてきました。所が何を食べてもビクともしないし、自分の歯同様にしっかり噛めて、歯が浮いてくることもなく、おいしく安心して食事が出来嬉しかったのと、こんなにも自分の歯茎にフィットして軽い入れ歯に出来上がるとは思っていなかったので、感激して今まで口にする事のなかったナスの塩漬けも丸かじりしています。

食べ物を口にする時、これは大丈夫かしら、ちゃんと噛めるかしらと考えながら食べなくとも良い嬉しさに大変喜んで、ミラクルデンチャーを薦めて戴いた先生に心から感謝致します。

自分の喜びを知りあいの方々に、装着した時の違和感のなさを是非すすめてあげたいと思っております。
皆がこの良さを知ってて欲しいですね。

高崎市 久田 典子

歯のお手入れ

昭和一桁生まれの小生、子供の頃は《歯磨き》は今ほど大切に考えていなかった。

現在は《3・3・3》などといって、1日3回、食後3分以内に、3分間歯を磨く。これが常識だそうな。

また、私の子供の頃は、痛みが我慢できるうちは、歯医者さんを敬遠して出来るだけ行かないよういにしていた。早目に治療しないと益々深刻になったのだろうに・・・。

だが、昔は歯医者に行くと、小生の記憶では、いとも簡単に虫歯を抜かれたような感じがする。「自前の歯は極力大切に」などという考えは、昨今ほど強くなかったのか。

だから、高齢者は、特に年配の女性などは、出産の影響で殊更カルシウム不足となり、そのため歯が数本しか無い人も多く、なにかと不自由しているらしい。

かくいう小生も、八十歳を超える年齢になった今、歯の手入れを怠ったことを今更ながら後悔している。特に前歯が減ったのは致命的、毎日の生活に大きな障害となっている。

民話語りのボランティア、趣味のカラオケ、人前での挨拶などの機会が多いので、前歯に支障があると言語不明瞭となり易く、日頃何かと気苦労が絶えぬ。子供時代にもっと厳しく歯医者通いをさせてくれたら・・・などと、時折親を恨んだりもする。

高崎に居住して25年、歯医者さんにはアチコチ通院したが、8年程前、運よく下佐野町のY歯科クリニックを見つけることが出来た。ソフトな先生だが頼り甲斐があり、そのうえ患者のわがままも聞き入れて貰える。そんな気持ちで通院している。

まさに「マイ・ドクター」という感じである。

我が家から車で5分、距離的にも恵まれている。だから、あと長くて十数年のシャバ暮らしだが、歯に違和感を覚えたら、いつでも速やかにY歯科医院に駆けつけようと考えている。

高崎市山名町 奥村 佳永

六年前から、長男夫婦、孫二人の家族と同居を始め、一挙に六人暮らしとなった。今年四月には下の孫も小学生となり、六年生の姉と一緒に、嬉々として通学している。
子供好きの家内は、同居以来毎日セッセと世話をやき、ボケる暇がないようだ。身体は若干大儀そうだが表情は幸せに満ちている。
昨今の日本では核家族が好まれ、子が結婚したら親とは別居、という意識が定着した。しかし、幼子が肉親の情愛を、言わず語らずのうちに会得するのは、三世代同居が最も確実で、手っ取り早いほうではあるまいか。
若い親達は子育てが不慣れな上に、経済的な必要から、母親も仕事を持つのが一般的になった。だが親としての自覚に乏しいため、結局、幼児虐待などに直結することになる。
昔に比べ何かと物入りな昨今、その意味では、子育ての難しさが増幅しているのに違いない。
その点、三世代同居は、育児経験者が傍にいるから、まず精神的に余裕が持てる。
また、世代間の相互扶助が容易に行われるばかりか、長幼の序が自然に生まれ、幼い者を可愛がり年配者を労う気風が、いつの間にか身につく。
年寄りと一緒に暮らして、身近な者を弔うことにより《死》の意味を理解する。これもよくいわれることである。
当然、経済的にも有利なことが多い。
つまり、昔ながらの三世代、四世代同居は人間育成のための利点を、種々備えているのではないか。
だから、国の方針として三世代同居を奨励し、その一方策として、「三世代同居手当」を支給したらどうか。幼児虐待が減少するばかりでなく、もし家族一人当たり一万円とすれば、最低五万円程度の収入源になるだろう。
とかく物議を醸す児童手当より、こちらの方が有益ではあるまいか。
高齢者にとっても、「役に立っている」という、満足感が得られるから、生きがい感にも繋がろう。
また、子育てを終えた年齢の親達が、曾ての自分を振り返ってみた時、必ずしも自分の子育てに満足していないのではないか。
私自身、五十年前を考えると、夫婦だけで子供二人を連れての転勤暮らしだった。子育ての知識不足に加え、経済的に乏しく、ボーナスで補填しても尚不足だった。子供最優先の姿勢だけは貫いた積もりだったが、とても満足できるものではなかった。
私の孫との関わりは、その反省の上に立って、《子育ての仕切り直し》をしている感もある。孫達の世話に追われる日常の中、気遣いと心配りが我々爺婆にとって程良い刺激となり、健康保持にまで波及しているようだ。
自己満足という代物、人生のスパイスに他ならぬ。
最近、あと十四年生きたいと思うようになった。下の孫が成人に達するからである。
しかし、家内が最近とみに忘れっぽくなった。生活に支障はないが、万事が一層スローペースになっている。
また家内共々、お互いに耳が遠くなって、聞き直しが増えてきた。言い直したりするとついつい声が大きくなるが、荒い言葉だけは出さないように心掛けている。妻の取り留めない無駄話にも、出来るだけ合鎚を打つことにしている。
また、ゴミ出し、居間の掃除、庭の草むしりなど、家内の負担を軽くすることは全てしようと決めている。
もし「あと十四年生存」の望みが叶えば、それは丁度《昭和百年》にあたる。昭和一桁生まれとして、誠に光栄なことである。
その時我々は疎まれる存在に過ぎないが、やはり孫達の成人姿を一目見てみたい。
そしてそれを以て、人生の集大成としたいと願っている。

第22回 長寿社会・私のメッセージコンクール
― 入賞作品集(一般・シニアの部)より ―

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